September 13, 2015

映画「スタートレックⅣ 故郷への長い道」 Star Trek IV:The Voyage Home

St4


ちょっと時間ができたのと、お疲れ気味だったので映画でも見て気分転換を…
という日が続いてる感じ。
そんな時に、かなり昔に買いながら封を開けてなかったDVDを発見


「Star Trek IV:The Voyage Home」邦題は「故郷への長い道」
映画版でスタートしたシリーズの4作目。
(過去3作はレビュー済み)
Star Trek: The Motion Picture
Star Trek II:The Wrath of Khan
Star Trek III:The Search for Spock

この作品だけでも楽しめるとは思うが、設定部分に前作までの要素が盛り込まれているので、知ってるほうがより楽しめる。

特に、Mr.スポックが「一度死に、再生された」「Dr.マッコイが一時期、スポックの記憶の受け皿になっていた」というのは重要。

で、この作品、SF活劇の要素は少なく、環境保護への警告色が強い。
要は「捕鯨反対、野蛮な行為はダメよ」ってこと。
この作品が作られた時期は、プログレバンドまでが「クジラに愛を」なんて曲を書いたりしてたし。
まぁ、捕鯨の是非はここでは語らないけど…

後のお楽しみは、23世紀の人間が20世紀後半の世界に現れたらどうなるかってドタバタ劇。
音声入力でコンピューターが反応しなかったり。
(今ならスマホが声に応えてくれるけどね)

細かいところでは、未来の道具が「放射線」の影響で使えなくなったり(怖いぞ放射能!)
開頭手術見て「殺す気か!」と戦慄したり。
貨幣価値の違いとか


映画公開時は、エンタープライズ号は出てこないし(乗ってるのは前作で奪ったクリンゴンの戦艦)環境問題色が強かったりで拍子抜けした記憶があるけど、改めてみると「人間ドラマ」というスタートレックの本来の味が出てて楽しめた。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 08, 2015

久々に「The Wall」を観た

せっかくブログのアップを再開したので、気まぐれで軽い感じで。

久々に時間が空いた日曜の夕暮れ
ちょっと映画でも見ようとDVDラックを漁る。

前週に息子らが出演したミュージカルで、欧州(革命時代だけど)の裁判シーンがあった。
そこでの群集が被告を責め立てる場面から、この映画を連想してたので久々に見ようかな、と。

Pink Floydのコンセプトアルバム「The Wall」を映像化した作品。
映画のレビューは以前アップしてるので、以下のページ参照で。

「The Wall」

最近、ロジャー・ウォーターズが旧作をリマスターしたりして、雑誌やWebでもよく名前を目にするし、デイブ・ギルモアも新譜出るようだし、フロイド熱が再燃してるか?

で、そのとき居間に居た息子に「裁判シーンがあるし見るか?」と。
映画好きの次男とはいろいろ見に行ったりもするけど、長男と二人で映画ってあんまりなかったなぁ。

息子のミュージカルが、革命時代のイギリスとフランスを描いていた事もあるので、序盤のノルマンディ描写でドーバー海峡に食いついたり。
本編でアニメーションを多用してるので、美術部の息子はそこに食いついたり。

自分自身を振り返ったら、中坊のころはプログレにはまってたから、中3の息子でも難しくは無いかな?
一応最後まで一緒に見てくれた。

音楽的には「Another Brick In The Wall partⅡ」が一番良かったようだ。
やっぱり判りやすいのがいいんね。
アルバム発売当時も、この曲だけ取り上げられてたもんね。
プログレ=トータルコンセプト と頑ななプログレオヤジとしては、ポイントはいっぱいあるけどねぇ。

次は、むりやりヘッドフォンの大音量で「狂気」でも聞かせてやろうか(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 06, 2011

映画「スタートレックⅢ ミスタースポックを探せ」 Star TrekⅢ The Search For Spock

Startrek3
さて三連荘の最後を飾るのは、Star Trek第3作の「ミスタースポックを探せ」

今作ではスポック役のレーナード・ニモイが初メガホンをとっている。
そういう意味でも客観的にスポックというキャラクターを観ていたかもしれない。
スポック不在(正確には居るには居るのだが)のなかでの各キャラクターのドラマを撮っていたのだろう。

ストーリーに触れると前作のストーリーに触れるから、ネタばれを避けたい方は作品を観るまでこの後は読まないように。
というくらい、今作は前作の続き感が強い。
1作目を観ないでも2作目は楽しめるが、2作目を観ないで今作は楽しめない。
もっとも、世界中のトレッキーが観るだけで十分興行収入を上げられるから、ご新規のファンなど考えていないのだろう。


肉体と精神が分離した状態で存在するスポック。
その死に悲嘆するカークが、いつもどおりのエゴを発揮して、周りの迷惑や規律を顧みず、エンタープライズを強奪してスポックのために奔走する…
一応、その原動力は”友情”なのだが。

今回の適役は、宿敵クリンゴン。
後のスタートレックシリーズでは同じ惑星連合の仲間になっているが、この頃はしっかり敵国だ。
1作目の最初に、やられキャラとして登場するが、今回はしっかりストーリーの中心に存在し、テレビ時代からのトレッキーを喜ばせてくれる。

前作でキーワードとなったジェネシスをめぐり、その存在がスポックの肉体を再生し、カークの息子(ジェネシスの研究者)をクリンゴンの標的にし、人類が生命を扱う危うさを訴える。

前作でスポックを亡くしたカークが、彼を取り返す見返りに家族と、その肉体の一部でもあるエンタープライズを失っていく。

しかし、エンタープライズはあくまで器であって、スタートレックの物語はその主要クルーが集うことで成り立つかのように、最後はクルーの笑顔で物語りは締めくくられる。
そう、これは人間ドラマだからこれでいいのだ。
テレビ時代のクルーがそろえば、その他の登場人物は失われていっても問題ないのだ。
(これは半分皮肉ですよ)

しかし、クリンゴン艦長を演じたクリストファー・ロイドの存在感はすごい。
あれだけの宇宙人メイクなのに、その表情や台詞口調で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のドク役が思い返されるのだから。

もうひとつ楽しみなのがエンタープライズとクリンゴン戦艦の戦闘シーン。
「バード・オブ・プレイ」という艦名はテレビではロミュランというもう1つの敵対勢力のものだったと記憶してたけど…そのステルス能力とクリンゴンの好戦的な思想が組み合わさって、なかなかのシーン。
もっとも、戦争主体の映画じゃなく、戦争もエピソードにした人間ドラマだからあまりこだわらず、その駆け引きで人間性(カークのだましテクニックは大きな武器だ)を浮き彫りにする素材としてのお楽しみ。


この後も映画は続くんだけど、エンターテイメント性はこのⅡ・Ⅲが一番楽しめる。



gooリサーチモニターに登録!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 04, 2011

映画「スタートレックⅡ カーンの逆襲」 Star TrekⅡ The Wrath Of Khan

Startrek2


今日は昨日見た「スタートレック」の続編「スタートレックⅡ カーンの逆襲」

前作(昨日のブログ参照)では、物語を壮大なテーマにしたために人間ドラマが薄くなってしまったので、その反省か、登場人物の人間ドラマに重きを置いている。
宇宙船同士の戦闘も盛り込まれ、娯楽よりの作品となっている。

その人間ドラマは豊富で

カークの老いとの戦い
カークの過去(カーンとの確執)との戦い
カークと元婦人、初めて会う息子との出会い
カーンのカークへの執念
スポックとカーク・マッコイとの友情
(テレビ時代同様の、スポックの論理VSマッコイの感情が楽しめる)
若い世代への受け継ぎ

これらがあふれることなく、うまく絡ませて表現されている。
なによりも前作ではわずかだった、マッコイの巧妙な(皮肉もたっぷり)台詞回しが楽しめる。

ドラマ自体は、元々テレビシリーズであったエピソードを元に、その後日談となる形にもなっているところがファンにはうれしい。
もちろん、それは1つのシチュエーションであって、そのエピソードを知らなくても十分楽しめる。

あと、これはSF映画ファンには突っ込みどころなのだが、未来の話なのにコンソールなどの機械操作が非常にアナログっぽいところが…しかし、このチープな感じがテレビシリーズからのファンにはたまらないという複雑なものでもあったりする。

もう1つ、前作では音楽のメインテーマが新調されたものであったが(スターウォーズやインディジョーンズのジョンウイリアムズを意識した感じ)、近作からテレビ版のテーマがモチーフにされているところのうれしい。

そしてこの映画の最後に待っている、最大の人間ドラマである別れ…
後年、この別れが次回作への複線であったことに気づかされる。

最後にちょっと気になったのは、エンタープライズ号に乗り込んでいくシーンのほとんどが、1作目のCG使い回しのような気が…まぁ、壮大なシーンなんでいいんだけど。



gooリサーチモニターに登録!

| | Comments (1) | TrackBack (0)

May 03, 2011

映画「スタートレック」 STAR TREK The Motion Pocture

Startreck1

GWとなり、前半は法座に出てゆっくりする時間がなかったんだけど、後半の3日間はあれこれしながらも少しは時間が取れるので、一日1本は買ったままのDVDを観ようかなと。
で、今日は、先日事務用品をアマゾンで買ったときに一緒に3枚3000円でそこから期限が切れそうなクーポン500円を利用して買ったものの1枚。
本来4150円分のDVDが2500円だ。

また、偶然にも、その法座の後の飲み会で一緒になった青年と、SFなどの話題になったのもあって観ることにした。

ちなみに、同名で最近カーク船長らの若い頃を題材にした映画が公開されたけど、それとは別。

スタートレックとの出会いは中学生だったかな。
当時、未知との遭遇やスター・ウォーズなどが公開され、映画界であらたなSFブームが起こりだした頃、テレビシリーズでのSFの原点というべきスタートレックが再放送されていた。
また、SF映像専門雑誌「スターログ」日本版も発刊され、その第2号の特集がテレビ版スタートレックの全エピソード解説で、その本を買った同級生の家に遊びに行っては穴が開くほど何度も読み返したものだ。
さらに、ペイパーバック(輸入本)でフィルム漫画とでもいうべき、映像の場面を切り取って漫画のようにレイアウトして読む本も仲間内で流行、河原町にある「丸善」という洋書を扱う本屋に行っては購入して自慢のしあいをしていたという…

などと、映画以前にノスタルジーで盛り上がる作品だったりする。
実際、本国アメリカでは「トレッキー」といわれる熱狂的ファンも多数居り、近年では「スター・ウォーズ」ファンを題材にした映画で敵役としてトレッキーが扱われていたとか…


映画「スタートレック」は、テレビシリーズの続編計画が紆余曲折の上に映画として製作されることになった作品。
今回観たDVDはそのディレクターカット版(2001年製作)で、映画製造時の1970年代では実現できなかったCG表現が追加されたらしいが…

映画公開時は当然観にいったのだが、一度観ただけでは難解で、かなり退屈した覚えがある。
ビデオになってからも観ていると記憶してるのだが…

元々、スタートレックの魅力は、その登場人物の人間ドラマにある。
この映画もその魅力はあるのだが、人間ドラマの題材にするべきエピソードが壮大すぎて、盛り込みすぎな感が。
さらに今回、技術の進歩で力を入れたであろうCG部分が長すぎて…
「2001年宇宙の旅」の映像インパクトを超えようと張り切ったんだろうが、技術の進歩イコール超越ということにはならず、ただ冗長なパロディになってしまった。
エピソードも「2001年~」原作でもあるアーサー・C・クラークの「宇宙のランデブー」で描かれる未知の知性との出会いなんだけど、クラークの小説で味わえる興奮が、中途半端に映像化されてしまって興奮しきれない。

などと非難めいたことを書いてしまうのも、スタートレック愛と期待が高すぎる故なのだが。

しかし、前半で描かれる新造なったエンタープライズ号との出会いシーンは興奮必至。
もともとのトレッキー以外には長すぎるのかもしれないけれど、数年ぶりに出会うエンタープライズ号には、カーク船長同様うるうるしながら見とれてしまう。

そして、後半になるにつれて現れてくる人間ドラマ。
エンタープライズを愛し、その艦長の座に固執するカーク。
感情を廃し、論理的になることを求めながら、より論理的な存在である機械生命に出会うことでそのむなしさを知り、カークやマッコイと感情の交流をするスポック。
他にもスコット(テレビ時代はチャーリーだったけど)、ウーラ、チェコフ、スールー(テレビではミスター加藤)などの懐かしい面々に会えるだけでもうれしい。
残念なのは、もっとマッコイの皮肉を聞きたかったところだが。

まぁ、最後は新登場の人物がドラマを進め、おなじみのメンバーがブリッジに集合して、再始動のお披露目が終わりって感じで…
とりあえず、トレッキーの賛否両論はありながら、あらたなエピソードが続いていく。
(結局このシリーズは6作作られた)

監督のロバート・ワイズは、「ウエスト・サイド物語」や「サウンド・オブ・ミュージック」のほうが有名だけど、実はSFの名作「地球の制止する日(1950年版)「アンドロメダ…」なども作っている。

あと、蛇足だが…スキンヘッドの女性って、なんてセクシーで神秘的なんだろう。



gooリサーチモニターに登録!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 01, 2011

Trent Reznor 「The Social Network」

Msns

アカデミー賞での「作品賞」は取り損ねたが、「作曲賞」としてトレント・レズナーがオスカーを手にした。

ノミネートされたほかの作品を観ていないので、比較しての話はできないが、この「ソーシャル・ネットワーク」での世界観と彼の音楽はすごくマッチしていて、しかも私の好みだったので、この受賞はうれしい。

トレント・レズナーはNIN(ナイン・インチ・ネイルズ)のフロントマン。
というか、NINそのもの。
かなり内向的な世界観を、時には暴力的な、時には叙情的なサウンドに載せて作品を作っている。
その発表方法も近年はネット配信を利用して、安価にリスナーに届けるシステムを確立している。
(だからこのアルバムもアマゾンなどで安価で提供されている)

映画「ソーシャル・ネットワーク」のサウンドトラックとして考えるならば、かなりのロックサウンドが挿入歌として使用されていたので、それらを集めたアルバムがあればかなりヒットするだろう。
かつて(80年代かな)の青春映画など、ヒットチャートのベスト盤かと思えるようなサウンドトラックアルバムが多々あった。
(トップ・ガン、フラッシュダンス、フットルースなど)
しかし、「ソーシャル・ネットワーク」のサントラとして世にでているのは、劇中BGMとして流れていたインスト曲のみで構成された本作。
なので、サントラとして聞くよりも、トレント・レズナーが映画のために書き下ろしたソロ作品として楽しむことが出来ると思う。

ピアノ中心の静かな曲と、電子音の洪水のような曲…
癒しであったり、不安を想起させるものであったり…

うん、いい作品だと思いますよ。



gooリサーチモニターに登録!


| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 05, 2011

映画「ソーシャル・ネットワーク」

Sns

久しぶりにロードショーものを映画館で観た。
(リバイバルものは最近行ってるけど)
記憶をたどれば、「ロード・オブ・ザ・キング 王の帰還」以来じゃないだろうか(何年ぶりだ?)
実は「絶対観にいこう」と思ってたわけではなく、昨年末の「歳末大売出し抽選会」で劇場招待券(劇場の券で観る映画は指定なし)をあて、その期限ギリギリにやっている中から選んだ一作。
仕事なんかで疲れ気味だったから、もっと気軽に見れるアクション物や和物もあったけど、どうせ観るならと。
これが大正解。
この映画に出会うために、チケットがあたったんだと思えるぐらい。


いきなり早口で喋り捲る青年。
同じく早口で感情的になる少女。
バックには渋いギターサウンド(ここでWhite Stripesに出会うとは思ってなかった)
うーん、字幕についていくのが精一杯だ。
もうちょっと後ろの席で、全体が俯瞰できるほうがよかったか…との後悔も後の祭り。
でも、気がつけばそんな憂いなどどこかにいって、ドラマに引き込まれていた。


派手な展開でもなければ、淡々とした展開でもない。
とてもいいテンポ。
さらには、BGMが私好みで(Sigur Ros や Mogwaiを髣髴させる)気分よく浸っていた。
そう、気がつけばエンディングを迎えていたのだ。

確かに、物語が盛り上がって終わると言う感じではない。
だからよけいに「えっもう終わり?」って感じ。
でもしっかり2時間経ってる。
時間の経過を感じないほどひきこまれているからこそ、終わった感に気づけなかった。

ここからはネタばれも含めて
大まかなネタは実話に基づきながら、ドラマになるために脚色が施されている。
で、訴訟にまつわる場面から回想的に「フェイスブック」が育っていく過程を振り返っていくんだけど、最初の会話からネットハッキングへの場面があったから「時間軸で進行していく」と思い込んでて、訴訟場面との切り替えになれるまでに戸惑った。

当初うまくやっていた仲間
利用するために近づいた(お互い様だけど)仲間
憧れであり、強く影響を与えた仲間

主人公を中心に様々な出会いと確執(訴訟相手という関係)を描くドラマなんだけど、今から思えば主人公は常にどの関係も一定の距離を置いていて、パーティーや乱痴気騒ぎに出かけることがあっても、ひとりさめてPCに向かっていく。
自分から関わりを求めていったのはただひとり、最初に彼を振ることになるエリカだけだ。

結局このドラマは、エリカとの関係をふたたびつなぎたいために(その時点ではそのつもりはなくても潜在的にその意志はあった気がする)彼は「自分のしたいように」やっていることでフェイスブックという巨大な成長企業・システムが作られていき、人間関係が崩れていく…というか翻弄されていくことが描かれている。
最後、訴訟の審問が終わり、ひとりPCの前に座った彼が、フェイスブックに登録しているエリカに「友達リクエスト」を送り、繰り返し繰り返しリロードさせて返事を待つシーンで終わりを告げている。
訴訟沙汰で周りの人間が離れていったから彼女とのつながりに戻ったという見方もあるみたいだけど、やっぱり最初からエリカとのつながりのためにすべてのドラマがあったように思える。

そう、サクセスストーリをうらやみ、裏切りや離反で溜飲を下げるドラマではなく、単純な青春ラブストーリなんだ。
ただ、主人公の性格付けに、フェイスブック創業者という立場があっただけで、私(の青春時代)となんら変わりのない「誰かとつながっていたい」という物語なんだ。

ただそれだけではあるんだけど、誰が作っても良かったんじゃなくて、デビッド・フィンチャーの映像テクニックとテンポあってこそ。
そこは賞レースにノミネートされて当然のうまさがある。

挿入歌もなかなか素敵で、オープニングのWhite SripesからエンディングのBeatles「Baby Youre Rich Man」(皮肉たっぷりだ)まではまってるし、BGM的に流れるピアノとノイズの音楽も秀逸だ。
帰ってから調べたら担当はトレント・レズナーで昔から好きな「NIN」(ナイン・インチ・ネイル)のフロントマン。
NINではもっとゴリゴリのノイジーなイメージがあるけど、確かに最近はピアノ中心の静かなものもよく作ってた。
ただ、Sigur RosやMogwaiのような欧州独特の陰ではなく、USAのダークな感じだけど…デビッド・フォンチャーの世界観にはうまくはまってる。

最後に挿入歌の情報が知りたくて、エンドロールをじっくり見てたけど、かなりの時間を割いてCG担当者の名前や企業がクレジットされてた。
そんなにCG使ってたっけ?と思い返すと、ビル・ゲイツの講演に参加してる場面は多分当時の映像をCGえうまく組み合わせたんだろうなと。
と思ってたら、帰ってからあちこち見てたキャスト情報などから、重要な役どころで露出も多い双子のマッチョ青年が一人の役者だと…
そこにCGが使われてるんだろうなぁ。
こいつはやられちゃいました。
双子のいい役者見つけてきたもんだとばかり(笑)

もうじき発表のアカデミー賞で作品賞をとれるのかどうか…




gooリサーチモニターに登録!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 02, 2010

映画「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」

Strangelove

先日、子どもに約束してたハリポタのDVDを買いに言った際、ハリポタが3枚3000円キャンペーンで提供されていたのであと2枚をいろいろ考えた。

久々に「2001年 宇宙の旅」を観にいった余韻もあったので、そのうちの一枚はキューブリック熱から、この「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」を選んだ。
これでキューブリック作品は「2001年~」「時計仕掛けのオレンジ」「シャイニング」「フルメタルジャケット」「アイズ・ワイド・シャット」と代表作をDVDで所有することとなった。(あとは「ロリータ」と「バリーリンドン」だな)

長い原題を「各国で上映する際は忠実に訳したタイトルとすること」とのキューブリック監督の厳命でこのタイトルだが、本来は「Dr.Strangelove」というタイトルの最初の人名を忠実に「博士、異常な愛情」と訳し、通称「博士の異常な愛情」という傑作タイトルとなったのは有名な余談。

この映画が傑作だというのは、様々なランキングでも知っていたし、意必ず見たいと思っていた一作。
ブラック・コメディとは聞いていたが・・・うーん笑えない。

ある将軍の異常な精神状態で発せられた命令によって右往左往する人々を描いているけど、大きく3箇所でのドラマが同時進行していく。

1つは命令を受けた爆撃機内部でのドラマ。
最初は命令を事実と受け入れられなかったけど、一旦事実と認めたら着実に任務遂行に向かっていく。
様々なハプニングを迎えつつ、「命令は絶対」としながらも燃料の関係であっさり攻撃目標を変えたりと、そのゆがんだ忠誠度をあざ笑って描いている。

もう1つは、その命令をした将軍とその基地を巡る攻防。
将軍の執務室での副官とのやり取りや、その異常な命令を回避させようと迫り来る同じ米軍の部隊との攻防。
副官を演じているピーター・セラーズ(クルーゾー警部でおなじみ)の、いかにもイギリスっぽい律儀さと将軍の異常さのズレをあざ笑っている。

そしてもう1つが、大統領(これもピーター・セラーズ)を含む、戦略部でのやり取りでのエピソードが絡み合ってくる。
この機会にソ連を叩き潰したい将軍(ジョージ・C・スコットの名演)と大統領の攻防。
ソ連首相と大統領の電話でのやり取り(まるで喧嘩してる恋人をなだめるような軽い説得の言葉・・・)
そして、後半に登場する「Dr.Strangelove」(ピーター・セラーズ・・・これで一人3役)の異常な、人間的感情を無視した科学至上のゆがんだ思想
さらにこの博士は大戦中ドイツの科学者ってことで、大統領のことを「総統」と呼んだり、意思とは無関係に発作的に右手が動き、ナチス風敬礼をしたくてたまらなくなっていたりと。

いやぁ、あらためて書いてみると、こりゃぁ確かにコメディ以外の何者でもない。
でも、笑いよりも薄ら寒さを感じるのは、それぞれの人間が、異常なんだけども「ありえる」っていうリアルさで描かれているから。

しかし、最後にそんな気分を吹き飛ばしてくれるのがオチの表現。
爆弾にまたがったまま、カウボーイさながら歓喜しながら落ちていく爆撃機キャプテンの姿…これはぜんぜんリアルじゃない(笑)
でも、このシーンなんかでパロってたの見た覚えが…なんだったっけ?

そしてもう1つが「Dr.Strangelove」が週末を迎えた世界のさなかに車椅子から立ち上がって、右手を高く掲げて「総統!私は歩けます!」と言ったエンディング。
隠し持ってたナチスの精神が終局で発動したとか、地下坑道(シェルターとして)に入れる選ばれた民になるために身体的なハンデを克服したとか、様々な解釈があるようですが…逆に深い意味がなかったのだとしたら、そんな無意味なせりふで締めくくることで自らの作品をあざ笑うキューブリックの茶目っ気なのか。

これもどっかでパロディを見たような…ゆうきまさみだったか火浦功だったか…まぁマッドサイエンティスト好きのマニアにはバイブルみたいな人格だったしね。

と、とにかくキューブリックの異才(天才!)ぶりがこの時点で仕上がってる感じの作品。
ひたすら飛び続けるB52の表現だとか(2001年のディスカバリー号)、淡々と描かれる戦闘場面(フルメタル・ジャケット)、攻撃命令を出した将軍や徹底攻撃を支持する将軍のとり憑かれたような狂気(シャイニング)など、以降の傑作作品のエッセンスがここに現れているような・・・って完全に後付けの感想だけどね。

あまり一般的な映画じゃないと思うけど、英国っぽいシニカルな笑いが好きな方は面白いかも。
(そうか、これを突き詰めたのがモンティパイソンなのか…って、違うか)



gooリサーチモニターに登録!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 07, 2010

映画「2001年 宇宙の旅」

2001


以前紹介した「午前十時の映画祭」
心惹かれるものはいろいろあったけど、映画館に足を運ぶことは実現しなかった。
しかし”これだけは…”と心に決めていた作品を観にいくことが出来た。

「2001年宇宙の旅」
中学生のころにリバイバル上映されたのを観に行ったし、ビデオレンタルの時代に借りて観たはず。
さらにはDVDの時代になって、購入して何度か観ている。
確か、家のテレビが大型液晶(といっても32インチだけど)になったときも、その効果を確かめるがごとくDVDを使って最初に観た作品だった。

しかし、大型のスクリーンで観たあの迫力は忘れられない。

ということで、夜勤明けに関わらず、朝から上映劇場まで自転車で飛ばして(20分強だったか?)向かった。


劇場内が暗転して映画が始まる。
しかし、最初数分は音楽だけが流れスクリーンには何も映らない。
故障でもなんでもない、そういう効果だ。

物語はサルから人類への進化、月面での出会い、木星軌道での出会いと、モノリスといわれる”存在”との出会いによって起こる”何かしらの影響”を描いて行く。
その渦中に、ドラマのひとつとして人工知能(HAL9000)と人間の関わりが描かれる。

と、大まかに言ってしまえばこれだけのことを2時間半かけて描いているのである。

しかし、その描写はすばらしく、序盤のクラシック音楽を効果的に使った宇宙描写や、真っ白な船内、きらびやかな操作パネルの色とりどりな色(宇宙服も派手だ)、それに対してまったく無音の宇宙空間(BGMもなく、ただ息遣いと機械音だけの世界もある)との相対が見事だ。

他の映画なら派手な音響や盛り上げるBGMで描かれるであろう、宇宙空間での殺人劇や救出劇が見事なまでの静寂の中で行われるところは圧巻だ。


またもう一方で、モノリスの出会いからトリップする場面での映像効果もすばらしい。
今の技術ならば、CGでもっと”凄い”ものは作れるかもしれないが、主人公の視覚描写とも心理描写ともとれる、くどいほどのトリップは見所のひとつ。
ただ、この場面の意味を理解しようとすると大変なので、素人さんはあまり深く考えないように。

この映画(特に後半)を理解するには、この映画だけでは情報不足で、小説版としてアーサー・C・クラークが書いたものを読んで見ることをお勧めする。
どちらが先ではなく、映画観て小説読んでまた映画観て…というくらい何度も繰り返さないと理解しきれないけれど。
また、この根底に流れるテーマはアーサー・C・クラークのお得意なもので、彼のほかの小説も読めばその意味するところが深く理解できてくる。
「幼年期の終わり」や「宇宙のランデブー」などがお勧めだ。(両方とも映画化のうわさが何度も流れるけど実現してない)

もうすでに過去の時間軸となった2001年。
技術進歩はこの映画制作時(1968年!?)にはなかったほどの進化を遂げているが、キューブリック(監督)が予想したものとそう遠く離れていない。
一方で宇宙開発に関しては、様々な事故や経済事情でまだ宇宙ステーションに自由に行き来することも出来ないし、木星はおろか月の大地にも常駐するにいたってない。(漫画「Moon Light Mile」のように軍による隠蔽しながらの開発がなければだが)
ということは、まだまだ「夢の世界」としても楽しめるSFでもある。


このあとも「午前十時の映画祭」で数箇所で上映される。
近くの劇場でかかるようなら、ぜひとも大スクリーンでご覧あれ。
午前十時の映画祭スケジュールはこちら



gooリサーチモニターに登録!

| | Comments (13) | TrackBack (2)

August 24, 2010

映画「ダークナイト」

51eeebykhl_sl500_aa300_


夏季休業明けに広島へ出張、そのまま3日間のワークショップに参加する予定だったので、どこかで時間が余ったら観ようとDVDを持参した。
仕事の後、宿で宿泊するまでに時間があったので、ショッピングセンターの駐車場に停めた車の中で鑑賞。
10.6インチのPC画面だが、寝転がって胸の辺りにモニターを置いてみるから結構大画面の迫力。
さらにヘッドフォンで音を聞くから、下手に家で観るよりよっぽど世界入り込める。

この「ダークナイト」は先にレビューした「イージー・ライダー」を買ったときに、3枚で3000円キャンぺーンにするために選んだ1枚。
「イージー・ライダー」と「アラビアのロレンス」という「すでに観たけどもう一度観てみたい」2枚を決めた後に、迷った末「バットマン映画って感じじゃない話題性があったよな」ということでチョイス。
普通、これくらいの興味ならレンタルで借りてみるんだけど…

バットマンに関しては、子どものころテレビで見ていて、バットモービルのミニカーを持っていた記憶がある。
煙突みたいなところにマッチ棒をさして、手で走らせるとマッチ棒がばねで飛び出していく…
まぁ、少なくても小学生低学年のころだろう。

その後、ティム・バートン監督で映画化された後に、「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」「シザー・ハンズ」とティム・バートンの世界に惹かれていたときにDVD購入。
その御伽噺のような世界観と、ジャック・ニコルソンの狂気に感銘した。
しかし、それはあくまでもファンタジーワールドと言おうか、あえてリアルさに欠けたところで楽しむ感じだ。
同時に、これ以上にバットマンやジョーカーを表現することはないだろうと思っていた。
特にジャック・ニコルソンのジョーカーを越えることはできないだろうと。

今回の「ダークナイト」は新たに作り出されたバットマンワールドの第2弾。
しかし、前作「バットマン・ビギンズ」は観ていない。
そして今作が「バットマン・ダークナイト」ではなく、ただ「ダークナイト」とされたところに、私の中から「バットマン」感覚が薄れていた。
おそらく「バットマン」が付いていたら、ティム・バートンが最高だと思ってるから手にしてなかったかも知れない。
余断だが、原題のスペルを見るまで「ダークナイト」は「暗い夜」だと思い込んでた…(恥)

映画冒頭から衝撃な展開。
ただの銀行強盗ではなく、ある人物の性格を浮き彫りにする作業。
この時点で「お子様向け」の要素がなく、ファンタジーなゴッサムシティではい、リアルな世界が刷り込まれてくる。
現れるジョーカーのメイクも、漫画やジャック・ニコルソンのような作られた仮面ではなく、その中途半端さが「いてもおかしくない」存在になってくる。
後半現れるもうひとりの敵役トゥーフェイスにしても、見掛けは”ありえなさそう”でも、”ありえる”と思わされるだけの説得力がある。
また、この二人の敵役の心理状態が非常にリアルに感じられる。
姿は異様なれど、私と違いはないのだ。
嫉妬・猜疑・欲・自己実現…

そんな中で、逆にバットマンだけが浮き上がった存在になってくる。
できるだけ”ありえる”ようなシチュエーションが作られていくが、そのラバーで覆われた姿が”作り物”感を浮き立たせていく。
その揺れる心情や、”ただの正義感”だけじゃないことを表現されればされるほど、その変身した姿にリアリティがなくなってくる。

バットマンの存在を奇異にすればするほど、ジョーカーのリアルさがしみこんでくる。
ジャック・ニコルソンの常人からかけ離れた狂気ではなく、ヒース・レジャーの演じる狂気は、私の心を刺激し、つまされる。

このコミックが元になったドラマでありながら、ヒースがアカデミー賞助演男優賞を取ったのもうなづける。
彼の”死”というのが、賞に影響がなかったかと言えばわからないが、十分に納得させる世界を作っていた。


ちょっと長めの映画だが、引き込まれているうちにエンディングまで進んだ。
そこらのアメコミ実写化とは一線をおいた、観るに値する作品だ。

あと、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマンはやっぱいい役者だ。
(マイケル・ケインのコミカルさも好き)




gooリサーチモニターに登録!


| | Comments (0) | TrackBack (0)